2013年 仙台 第1回 (2013.3.3)

震災時に体感した多くの善性、悪性   宮城 会社員 37歳 男性 A.S

今回の道塾の中で「善性」「悪性」のお話しをいただきました。
震災から二年が経とうとしてますが、あの震災の時、私は多くの善性、悪性を体感させていただきました。多くの悲しみの中、自己中心的な方や、非人道的な行動をする一部の人達に対する怒りや悲しみがありましたが、それ以上に多くの方々の善性により、私は本当に心より救われ、感謝の気持ちを言葉では言い表せない程、本当にありがたい気持ちで、今も胸にこみ上げてくるものがあります。

 先生のお話しの中で「菩薩とは民衆を救う為に、自身の解脱を後回しにした神々」というお話しをいただき、私はハッ!っと気づきました。あの震災時の極限の時、多くの方々が自分も大変なのを顧みず「自分達より大変な人達がもっといるから、まずそっちへ行ってくれ!」と仰る方々が沢山おり、避難所では更に相手に対する思いやりが溢れていて、私自身かなり励まされたのを憶えております。
今、思うとあの時の方々には「菩薩」の心が宿っていたのだなぁと感じ、またその素晴らしい「愛」を経験出来た事に感謝しております。
 
 今回の実践の中で、掌を挟んで導く事を体験致しました。自分が導いた時も導びかれた時も、心の底から嬉しく、また皆様の笑顔がとても素敵で、調和する事の素晴らしさを教えていただきました。
あれから二年が経ち、あの時の素晴らしい善性は残念ながら形を変えてきているように感じます。
私の出来る事は何か?
自分の力不足を痛感し、悩み、時には立ち上がれない程、落ち込む日々がありました。その時、私を支えて戴いたのは、宇城先生の教えでした。私が落ち込んでいる時、いつも宇城先生から大きな愛と勇気をいただきます。先生からパワーをいただき、私は勇気と自身を持って生きていく事が出来ます。
私自身の出来る事、それは一人でも多くの方と調和し共に笑顔になる事、そしてその笑顔がどんどん拡がる事だと信じて、謙虚な心を忘れず、日々行動して参りたいと思います。

 

真心が最も強い鎧 それは技術を凌駕する   秋田 高校教員 44歳 男性 T.I

 今回の道塾で最も感銘を受けたのは、伊藤一刀斉の剣法伝書の中に、たとえ技術が巧くても真心がなければ勝利を得ることができない、真心が最も強い鎧であり、それは技術を凌駕するものだということが書かれているということを教えていただいたときです。剣術の極意を極めた方が、一番大切なこととして真心をあげていることに強 く感銘を受けました。聖書でパウロが、たとえ御使(天使)のことばを語っても愛がなければ喧しい鐘と同じ、山を移すほどの強い信仰があっても愛がなければ無に等しいと書いていることを思い出します。
 アンコールワットの写真を見せていただきましたが、アンコール遺跡の壁面のことばを紹介していただきました。そこには、人間は善性と悪性があり、それは永遠に人間界に共存する。悪性が戦争を起こすが、それを止めるのは、各の内面に委ねられている。心を調節・抑制し、意識を善性(愛)に向けることが大切である。内からの腐 敗で滅びるから、意を清めよ。ということが書かれていると教えていただきました。このようなことを悟り得ていた先人に改めて畏敬の念を覚えました。壁面には戦いの図が描かれているが、それは内面での戦いを表している。武道修行とは、善性と悪性の戦いを制して意識を善性に向ける心の調節の修行でもあると思いました。人間は地球から生まれてきているから、本来善であるということばに、安心感を覚えました。また、善性とは愛ということばに、武道の根源は神の愛であり、万有愛護の精神であるという合気道開祖のことばを思い出します。私たちは、自己の内で意を清め、善性(愛)に向かうことが必要であり、それが宇城先生の言われる「心の向くところに気が通る」ことにもつながっていくのではないかと思いました。

 いじめをする人は弱い、いじめられる人は正しいという宇城先生のことばに希望と 愛を感じました。『道』誌に、金澤翔子さんが犬に名刺を丁寧に差し上げ、犬も神妙に座っていた様子を見て周りの人々が爆笑したエピソードが載っていましたが、私はまるで神様の姿をこの世で現してくれていると思いました。いじめられる人にはそんな 一面があるように思います。今回私は、いすに座って両手両足を押さえられた人の腹に杖を突き押す役をやらせていただきました。ふつうそんな状態では、いすに座った人は身動きできず、腹に突き当てられた杖の痛みを感じると思いますが、いすに座った人が気を通されると両手両足をつかんだ人を投げ、私のついた杖も腹で突き返して痛みも感じないようでした。いじめられる人も気が通って突き返せれば、傷つくことはないのではないかと思いました。

 閉じた世界と開いた世界のお話がありました。どのような人・組織・団体もすべてこの地球上に生かされている存在として共通しています。本物はオープンで手を結ぶことができる。実際に宇城先生は、異なる分野の方々と調和できることを証明されています。あらゆる分野で善性に向かう動きがあれば希望がもてます。私自身も置かれた場所でそこに向かいたいと思います。

 

いじめや体罰とは正反対の愛と調和の世界   青森 41歳 男性 O.N

 私はこれまで心の強さ、安定を求めて自分を鍛えてきたところがありました。
しかし、それは0.5秒後の閉じられた世界なのだとやっと身体で理解できた気がします。その閉じられた世界で一生懸命努力する、という愚かさ。そしてそれを努力家と称える社会。いじめや体罰など今問題とされていることの根本的な原因がここにあるのだということを教えていただきました。
 一方、開かれた世界は先生に気を入れていただいた世界です。5名が私の後ろに列を作り、その列を引っ張ろうとしてもびくともしません。しかし、先生が私を導いて下さるとその5名を引っ張ることができるのです。さらに優劣のない投げや、掌が吸いついた状態で6名を押したり、ひらひらさせたりといったことを通じて、何とも言えない一体感が得られました。それはいじめや体罰とは正反対の愛と調和の世界です。
 また、初めて体験させていただいたメリケンサックをつけての組手は、強烈な印象が残っています。やはり塾生の方は素手の時とメリケンサックをつけた時では雰囲気ががらりと変わってしまいますが、先生は全く動ぜず、逆にものすごい大きな波に飲み込まれたように制されてしまいました。その偉大さに改めて畏敬の念を抱かざるを得ません。
 冒頭に先生はカンボジアで撮られた様々な写真を見せてくださいました。そこに写されていた木の写真を見ていると、改めて地球の偉大さ、我々の小ささを感じずにはいられませんでした。くよくよしてもしょうがないな、心を開いて素直に前に進んでいこうと思いました。
 宇城先生は実に様々な講義、実技を通じて我々に生きるエネルギーや知恵を与えてくださいます。心から尊敬できる師に巡り合う機会をくださった道塾に心から感謝申し上げます。